M&Aのプロセスは、原則、M&Aアドバイザーなどの事業者が間に入り、売手側企業・買手側企業のみで秘密裏に進められます。ただ、いつまでも非公開のままにしておくわけにはいきません。いずれは開示する必要がありますが、いつ開示するかといったタイミングが非常に重要になってきます。
 通常、会社は多くのステークホルダー(利害関係者)との関わりの中で事業活動を行っています。内部では役員や従業員、また家族経営であれば、経営者の配偶者や子供がいます。外部では仕入先、得意先企業、融資先の金融機関、顧問先の税理士・公認会計士・弁護士といった専門家、株主、投資家など多くの企業や人々との関係から成り立っています。
 M&Aを成功させるには、こうしたステークホルダーへのM&A関連情報は一定の時期まで伏せておく必要があります。そして、ある時期開示することになりますが、これらさまざまなステークホルダー一律に開示してよいというものではありません。
 役員や従業員には、また取引先企業や金融機関などには、それぞれ最適な開示のタイミングがあります。また、上場企業と非上場企業でも開示するタイミングは違ったものになってきます。上場会社の場合、M&Aなどの重要事項は法律で定められた一定時期、一定期間開示が義務付けられています。一方、非上場会社では各々の会社がM&Aの実情に応じて、それぞれのステークホルダーにとって最適なタイミングで開示することになります。
 ここでは非上場会社が、株式譲渡などのスキームを利用したM&Aを行う場合の、従業員への開示を中心に見ていくことにします。

従業員へのM&A開示のタイミング

 会社の経営資源には、「ヒト」、「モノ」、「カネ」、そして「情報」があります。この中でも「ヒト」という経営資源は特殊なものです。まず「ヒト」は感情を持ち、考え行動する「人」です。この「人」がほかの「モノ」、「カネ」、「情報」を有効活用することで、企業価値が増加していくのです。
 こうしたことから売手側経営者でも、M&Aに際して何を最も望むかというと、従業員のM&A後の処遇についてです。従業員の雇用は保証されるのか、不利益な待遇を受けることはないか、そしてスキルアップできるかといったことで、自身が受け取る売却代金よりも重視しているのです。
 買手側企業も、従業員の持っている技術・技能・ノウハウ・ネットワーク・組織文化といったものを重視し、「のれん」といった超過収益力などの形で評価しているのです。とは言え、従業員は先ほど述べたように感情を持っていますから、その対応つまりM&Aの公表についてタイミングを誤ると、不安感や反感といった心情的なものからM&Aに悪影響が生じかねません。また、M&A後への不安から離職したり、労働組合など組織的にM&Aを阻止しようとすることも考えられます。
 多くの会社が考える一般的な従業員へのM&Aの開示のタイミングは、最終譲渡契約締結後です。それもできるだけ遅いタイミング、クロージング直前といったタイミングです。最終譲渡契約後すぐに開示すると、クロージングまでの間に従業員がやめたり、従業員をとうして競合他社にM&A情報がリークしたり、M&Aの最終プロセスのクロージング手続きに横槍を入れてきたりして、M&Aがブレイクしかねません。
 そのため会社によっては、最終譲渡契約とクロージングを同時に行い、その時点で従業員への開示をすることもあります。
 一方、従業員でも、キーパーソンや役員の場合、開示するタイミングは異なってきます。こうした重要なポジションにある従業員への開示のタイミングは、基本合意締結後、本格的なM&Aプロセスに移るあたりです。
 このタイミングで経営トップが自身の経営に対する考え、会社の置かれている状況、そしてM&Aについての十分な説明と理解を得ておきます。そして、こうした上司である従業員から一般の従業員へタイミングを見計らってM&A情報を開示するのです。こうした段階的なタイミングで行った方が従業員への開示がスムーズにいくことが多いのです。

開示する際の注意ポイント

 開示する際の注意すべきポイントについて少々述べておきます。タイミングを見計らって開示しても、それだけで従業員のM&Aに対する理解と同意、そして協力を得られるとは限りません。
 やはり、何と言ってもM&Aに対する不安感や反感といったものを感じさせることなく開示し、説明することが重要です。主なポイントとしては、買収企業は誠実な会社であること、自社との企業文化との相性がよいこと、M&A後不利益な取り扱いはしないことなどの十分な説明と理解が大切です。

 M&Aでは関係者への情報開示のタイミングは重要です。特に従業員へのタイミングはM&Aの成否に関わるほど重要なものです。絶妙なタイミングで細心の注意を持って実施する必要があります。