M&Aは、ある時点まで従業員や取引先へ公表することなく、そのプロセスに従って手続きを進めていきます。そして、タイミングを見計らって役員、その他の従業員や外部の取引先、金融機関などへの開示を行います。
 一般的なM&Aのプロセスは、M&Aアドバイザーとの相談・FA(ファイナンシャル・アドバイザー)契約の締結、候補者探し、トップ面談・交渉、意向表明・基本契約の締結といった前半と、デューデリジェンス(DD)、最終譲渡契約の締結、クロージング(決済)の後半とに大きく分けて捉えることができます。
 そして、M&Aの開示は、取引先などと従業員ではかなり違ったものになっています。取引先などでは、プロセスの前半で、また役員や従業員では、後半のプロセスの過程で、事前の根回しと公表といった開示手続きを実施するパターンが多いようです。
 ただ、主要な取引先と一般の取引先、役員と一般の従業員とで同時に開示手続きを行うというわけではなく、M&A案件に応じて、それぞれが適時に実施されます。
 今回は、M&Aの開示の根回しとタイミングについて主要な取引先を中心に、その他の取引先への根回し、タイミングとも比較しながら述べていきたいと思います。

主要な取引先への根回しと公表するタイミング

 取引先、特に主要な取引先に対するM&Aについての開示は、事前の根回し、下準備と公表するタイミングをうまく対応させる必要があります。何の前触れもなく、ある日突然にM&Aの開示をされても驚きや不安、そして不信感を持たれ、取引を中止されたり、契約を解除されかねません。一方で、これらの対応がうまくいけばM&Aに理解を示し、積極的に協力してもらえることも少なくありません。
 日本の企業のほとんどが、中小企業や小規模事業者です。そしてこうした企業の取引は、企業トップの信頼感などを前提とした事前の根回しや了解といった商慣行により成り立っています。M&Aの場合も例外ではありません。
 特に、長年取引関係にあり強い信頼関係にある企業や、事業を行っていく上でなくてはならない重要な企業に対しては、より慎重な対応が必要となります。具体的な根回しと公表するタイミングとして、一般的なものを紹介します。

①M&Aを開始する段階で行う

 売手企業のトップがM&Aの意思を決定し、プロジェクトチームなどを組織するあたりで行います。この段階での対象となる取引先は、主要な取引先が中心となります。このタイミングを逸してしまうと、取引先から不満や不信感を持たれ、以後の営業に支障が生じ、M&A自体にも悪影響が出てくるおそれもあります。
 長年取引関係のある信頼できる企業や、事業上極めて重要な企業に対しては、もっと早く、売手側企業トップがM&Aによる売却を具体的に検討している段階から打診しておくべきかどうか留意しておくことも必要です。

②基本合意の直前段階で行う

 主要な取引先ではありますが、優先度がそれほど高くない企業の場合、このタイミングでの根回しや公表となります。このタイミングは微妙なものです。基本合意後となると、相手側からは自社を舐めているとか、見下しているといった反感を持たれ、信頼関係を失うおそれがありますが、M&Aの具体的な見通しが立ち、契約する直前になれば取引先企業に対して、より具体的な説明、とりわけそのメリットなどについて話すことができます。「ほかの会社はともかく、御社には契約前にお話ししておきたかったのです。今回のM&Aではこのようなメリットが御社にも期待できます」といったような会話で進めていきます。

③基本合意後の段階で行う

 一般的な取引先に対しては、この段階で行う場合が多くなります。事後報告となるため、対応の方法を誤ると強い反感を持たれてしまいます。この段階で開示せざるを得なかった経緯、そしてM&Aによるメリットを十分説明し、同意をしてもらうことが重要です。
 さらに重要度が低い取引先企業であれば、クロージング(決済)時、一般的な開示といった形で済ませてしまうこともあります。ここで注意しなくてはならないのは、主要な取引先の金融機関、投資家への根回しです。取引先金融機関では、早い段階から根回しするとかえって融資を控えたり、回収にまわられたりします。また、ある程度M&Aが進んだ時点で根回しを行うと、M&A事業を行っている銀行などでは自行に仲介させるよう強要することも考えられます。
 また、ある程度の経営規模の企業には、経営トップ以外にも外部の株主がいたり、社債権者がいますが、根回しのタイミングを見誤ると、投下資本を回収され、企業価値が大幅に毀損されるおそれがあります。

 役員・従業員と同様、取引先への根回しと公表するタイミングは重要です。その際、取引先をランク付けすることで、根回しの程度、公表するタイミングにメリハリを付け、効率的に行うことが重要です。